江州音頭 二代目桜川唯丸


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江州音頭の云われ

 奈良時代(8世紀)の山岳修行者、役小角(えんのおづの 役行者:えんのぎょうじゃ)を修験道の祖と崇め、平安時代に密教(インド大乗仏教)の影響を受け(我が国では真言宗系の東密と天台宗系の台密がある。)山伏が呪文やお経を唱え、山岳密教の祭典に文章として発展させたのが、祭文の元祖と云われています。

 その後、室町時代を経て、江戸時代には世間の話題を瓦版にして、門付けをしながら語るようになりました。

 そして、江戸末期に近江乃国(現在の滋賀県)の八日市に当時、語り祭文を芸風にしていた櫻川雛山(ひなざん)が板前家業の西沢寅吉に語り祭文を教え、その教えを受けた寅吉が当時流行の歌念仏踊りや口説き念仏踊りなどを祭文に取り入れたのが、八日市祭文音頭の始まりと云われています。

 その後、西沢寅吉は師匠櫻川雛山の許しを受け、桜川大龍と命名し、後に八日市祭文音頭に娯楽性を求め遊芸化しようと祭文に節を付け、歌祭文を作り、更に錫杖(しゃくじょう僧侶や修験者が持つ杖で頭部に錫で作った数個の鐶を付けた仏具)を振りながら「デロレン、デロレン」と、口三味線でデロレン祭文も作り上げ、江州八日市祭文音頭を完成させていきました。

これが、現在の江州音頭のルーツと云われています。
 以後、三味線の伴奏が入り寄席芸として、明治10年頃から京阪神地方に流布し寄席等で萬年(漫才)とともに紹介され、更に浪曲等との交流を経て、今日の盆踊りで櫓音頭として発展してきました。

 現在では、本場滋賀県の素朴な江州音頭と大阪府河内の大衆的な江州音頭の二つに分かれていると云われています。